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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款
閉じる年光東流水(年光東流の水)漢詩文・白楽天
閉じる仙台藩医・木村寿禎の落款
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閉じる左・真木柱の姫君・右・髭黒大将
閉じる北の方から香炉の灰をあびる髭黒大将
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オススメ度 4.1点
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自筆「源氏物語」の「真木柱(まきばしら)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。稀少 ヴィンテージ 紙本 肉筆 書道 折帖 古書 古本 古葛抄 書 古美術 長さ 約437.8cm。
原文は「源氏物語・真木柱の巻」として美しく描かれている
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。三堂集 四巻元合本 尾張/澤田眉山著 安政二年刋。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。庭儀頂還列圖・庭儀三摩耶戒圖。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。1940年 満洲 観光 大連刊 検索:支那 関東軍閥 蒋介石 閻錫山 馮玉祥 新京 国民党 生写真 古建築 総督府 汪精衛 司令部 奉天 帝国 川島芳子。現在の今上天皇と系譜がつながっている。鶉衣餘興 小革籠 半掃菴野有著。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。日光御山之絵図。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。1913年 支那 絵画史 玄黄社 玻璃版 柯羅版 拓本 山水画 唐画 敦煌壁画 石佛像 六朝 北魏碑 龍門刻石 米元章 趙子昴 徐熙 仇英 文徴明 唐寅。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。1956年 中国古都勝跡 検索: 生写真 老照片 観光 風俗人情 唐本 漢籍 支那 善本 線装 名勝古跡 古建築 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 老北京。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。@1932年 支那風俗春秋 初版 検索: 支那 中華民国 軍閥 蒋介石 閻錫山 馮玉祥 孫文 国民党 生写真 古建築 総督府 風景 北京 北平 新京 奉天。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。神君様 御遺命記録 西上野國多胡郡馬庭村/傳右衛門。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。怜野集(和歌)春夏秋冬戀雜部全揃 清原雄風編 文化三年序。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。@1927年 唐人絶句詩鈔 検索: 唐本 漢籍 善本 写刻 官本 筒子頁 白棉紙 巾廂本 紅印本 套印 武英殿本 聚珍板 仕女図 木刻本 印譜 絵本 唐画。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。1932年 赤裸 支那 陸軍少将 多賀宗之 新光社 鴉片 革命 国民政府 中華民国 排日 軍人 南京 下層民 武技 孫中山 国民党軍 鉄血共和 生写真。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。江戸本屋出版記録 中巻 安永八年~文化十二年 書誌書目シリーズ10。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。@1948年 橋と塔 初版 検索:古建築 支那 朝鮮 満洲 総督府 生写真 挿絵本 図版 佛塔 舎利塔 北海白塔 北京 慶州 石橋 敦煌 喇嘛廟 牌楼 古塔。また、各巻ごとの書かれた年については不明。瀧本坊詩哥 松花堂昭乗自筆 寛永頃寫。従って、応永五年とは、書き始めの年である。田川鳳朗賛・信月齋画幅。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。印譜 木版刷 花押 江戸期 和紙 金石篆刻 石印存 原拓本 雅印 雅号印 遊印 石鼓文 金文 鐘鼎文 朱印文 印章 落款識 鑑定 山紫水明処 清間堂。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。1936年 集成蘭亭叙放大本 折本 王羲之 検索:玻璃版 珂羅版 墓誌銘 支那 印譜 書法書帖 金石篆刻 羅振玉 呉昌碩 拓本 張瑞図 董其昌 黄庭堅。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。@1932年 支那及満蒙 検索: 中華民国 共軍 蒋介石 閻錫山 馮玉祥 孫文 国民党軍閥 生写真 古建築 総督府 汪精衛 地図 GHQ 禁書 張作霖 事変。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。墨色獨稽古 上下巻 柴田恒齋老人編著 文政一一年戊子孟春刋。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。@1931年 古地図 満洲鉄道 日華連絡図 朝鮮 外蒙古 検索: 支那 中華民国 軍閥 蒋介石 閻錫山 馮玉祥 国民党軍 生写真 古建築 総督府 関東軍。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。世界の富 備中/荻田筱夫著。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。顔真卿 争座位帖 顏魯公 柯羅版 玻璃版 検索:支那 原拓片 北魏碑帖 法帖 法書道 唐本 漢籍 善本 古墨拓 碑刻石 瓦当 金石 篆刻 石鼓 本拓本。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。海軍機關要規 鈴木光良編。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。日中戦争時 杭州西湖 パノラマ 全景図 葉書 検索:支那 汪精衛 蒋介石 関東軍閥 憲兵 国民党 督軍 生写真 革命党 満洲 総督府 張学良 古建築。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。狂歌讀方しなさため 桃李園自跋 文化八年十二月刋。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。昔の古手今の新物 文月恨切子 上中下巻合本。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。改補外科調宝記。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。枯野集 木僊(駝岳)編。
出品した「源氏物語」は真木柱(まきばしら)の内容の要旨
「真木柱の巻」は、『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。1897年 男女諸礼法 松永清太郎 検索:茶道 華道 花道 剣道 茶の湯 生花 挿絵 絵本 絵図 文明開化 童蒙行儀 童学 頭書 絵入 躾方 古文書 躾法。第31帖。@真草 書家座右 汲古堂 検索:支那 唐本 漢籍 善本 写刻 官本 筒子頁 白棉紙 巾廂本 紅印 套印 絵図 聚珍板 綉像 木刻 印譜 絵本 唐画 光緒。尚侍(ないしのかみ)として宮廷に出仕を控えていた玉鬘の姫君だったが、その直前に髭黒大将が女房の手引きで強引に結婚することになった。鎔造化育論 上中下巻 元合本 江戸期寫本。髭黒大将はその後玉鬘の姫君を迎えるために邸の改築に取り掛かる。1938年 同盟ニュース 日支事変 検索:支那 汪精衛 蒋介石 共産党 関東軍閥 憲兵 国民党軍 生写真革命党 日中戦争 満洲 総督府 張学良 古建築。だが、その様子を見た北の方(髭黒大将の正室)は絶望し香炉の灰を髭黒大将に浴びせる。幕末明治期俳人寄書幅 見外・卓郎・爲山・永壺他。この事件で完全に北の方に愛想を尽かした髭黒大将は玉鬘の姫君に入り浸り、とうとう業を煮やした北の方の父・式部卿宮は、髭黒大将の留守の間に北の方と子供たちを迎えにやる。秋月菴牧之画賛三節刷り額 鈴木牧之 覆製品。明けて新年、相変わらず塞ぎこんでいる玉鬘の姫君に髭黒大将もようやく出仕を許す気になり、玉鬘の姫君は華々しく参内する。習文軌範 秋月誠一 1~8巻。早速訪れた冷泉帝は噂以上の玉鬘の姫君の美しさに魅了されて熱心に想いを訴え、それに慌てた髭黒大将は退出をせきたててそのまま玉鬘の姫君を自邸へ連れ帰ってしまった。南嶺遺稿 全四巻 早印良摺 寳暦七年九月吉日刋。
自筆右下四つの印のうち下2つは、仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室・伊達貞子の押印、上2つは、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。天下無双関東一流 脱走丸 牒合所/関東利根川通藩代相傳/屯集堂。
原本自筆上部には、「年光東流水」(年光東流の水)漢文の篆書印が押捺されている。@王羲之 蘭亭序 張金界奴本 原寸大 玻璃版 検: 碑帖 本拓本 墨拓 原拓 魏碑刻 法帖 珂羅版 支那 書道 善本 篆刻 旧拓 印譜 唐本漢籍 趙子昴。白楽天の有名な漢詩です。@1920年 宋拓 蘇東坡 西楼帖 検: 碑帖 本拓本 墨拓 原拓片 碑刻 法帖 魏碑 珂羅版 支那 法書道 善本 篆刻 旧拓 印譜 唐本 漢籍 王羲之 蘇軾。言葉の意味は、「時間の流れは東へと流れる川の水のように止まることなく流れてゆく」です。文化四年雜録集(仮題)鄧禹入長安ニ謁宗廟・馮異奉勅破赤眉・岑彭撃ツ田戎泰景・王霸固守垂惠・大漢一統歌大平他。「源氏物語」真木柱の巻の原文中には、「おほつかなき月日も重なりぬるを」とあります。古書北武蔵の伝説 410頁 大正時代に書かれた本 1978 普及版 冒険探検好きな人向 今読んでも面白い 埼玉県を中心とした隠された情報を読み。源氏の君が恋する玉鬘の姫君への懐かし想いを記したものです。地球度割圖解 安田雷洲著。現代語訳では、「お逢いしないうちに月日も重なってしまいました」というものです。痳疹要論 麻疹要論 法橋那賀山章元先生著 木村蒹葭堂序。紫式部が「真木柱」を書くに際し、白楽天の漢詩を読み理解し共鳴していることがよくわかる。日本 演説大家集 ボール表紙 福澤諭吉肖像画入。詳細な理由は下記説明欄に記載。中華民国 上海 老電影 映画 舞女 歌姫 歌女 胡蝶 支那 美人 藝姐 黄柳霜 張織雲 徐素娥 阮玲玉 林美如 袁美雲 李香蘭 黎明輝 生写真 賣花女。
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」真木柱(まきばしら)の巻》
言葉の意味は、「時間の流れは東へと流れる川の水のように止まることなく流れてゆく」です。1945年 西北支那 初版 限定1000部 検:支那 馬賊 中華民国軍閥 蒋介石 閻錫山 馮玉祥 国民党 生写真 古建築 総督府 土匪 盛世才 敦煌 馬歩芳。
「自筆原本」
自筆右下の2つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。佛學示蒙 海後宗臣旧蔵本 仲神保著。
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。土佐軍記 巻二~巻十二(大尾)。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。童蒙 東京往來 東京往来 福地源一郎閲。
《「源氏物語」真木柱(まきばしら)の巻》
《「色に衣を」》・・・・・なむとのたま(宣)ひて、「思はすに
ゐて(井手)のなかみち(道)へた(隔)つともい(言)はてそ恋る
やまふき(山吹)の花かほ(顔)にみ(見)えつゝ」なとのたま(宣)ふも、
き(聞)く人なし。@1938年 北支物情 検索: 支那軍 中華民国 軍閥 蒋介石 閻錫山 馮玉祥 孫文 国民党 生写真 古建築 総督府 汪精衛 抗日 風景 北平 日中戦争。かくさすかに、もてはな(離)れたること(事)は、
此たひ(度)そおほ(思)しける。泰西國法論 全四巻 シモン・ヒッセリング著。けにあやしき御心のすさひなりや。産法畧語 法眼醫官森宗乙門人/山口宗盟識。
かり(雁)のこ(子)のいとおほ(多)かなるを御らん(覧)して、
かむし(柑子)、たちはな(橘)なとやうにまき(紛)らはして、
わさとならす奉り給ふ。@中国木刻 木版 検索: 唐本 漢籍 善本 写刻 官本 筒子頁 白棉紙 巾廂本 套印 殿本 聚珍板 仕女図 木刻 印譜 絵本 唐画 支那 十竹斎 九華堂。御ふみ(文)は、あま(余)り人もそめ(目)
た(立)つるなとおほ(思)して、すくよかにて、「おほつかなき
月日もかさ(重)なりぬるを、思はすなる御もてなし
なりとうらみ・・・・・《き(聞)こゆる》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。豆本 七夕のうた。
《「源氏物語」真木柱(まきばしら)の巻》
《大雪の日・玉鬘の君の邸に行こうとする大将の装束に香をたく北の方(正室)》
《髭黒大将の北の方、大将に背後から香炉の灰をふりかける有名な場面》
《冷泉天皇、玉鬘の姫君に愛の心情を告白》
《源氏の君と玉鬘の姫君、手紙のやりとりで旧交を恋偲ぶ》
《源氏の君は、紫の上の春の御前をあとにして、昔の女君(玉鬘の姫君)の
お部屋にお越しになりお庭をごらんになる。@1930年 支那 風俗 綺談 検索:汪精衛 蒋介石 関東軍 陸軍閥 国民党 将軍 租界 生写真 革命党 中華民国 熱河 満洲 総督府 鴉片 支那 古建築。山吹が呉竹(くれたけ)の垣根(かきね)に
もたれていかにもしぜんな姿で咲いている、その花の色がまことに美しい。劉春霖 聖教序 検索:玻璃版 珂羅版 墓誌銘 支那 印譜 法書帖金石篆刻 王鐸 羅振玉 呉昌碩 拓本 張瑞図 董其昌 黄庭堅 趙子昴 王義之 米元章。
大臣の君(源氏の君)は、
(源氏の君)「色に衣を」》
・・・・・などと仰せられて、
(源氏の君)「不本意にも井手の中道が、わたしたちの仲を隔ててはいるけれど、
心の中では山吹の花―あなたを恋い慕っているのだ。庚午春興 李二 五逸・紀逸・道彦・其堂他。顔に見えつつ」
などとおっしゃるが、聞いてくれる人がいるわけでもない。置賜縣管内地誌畧 さとのし留邊 櫻井長敬著。
こうして大臣の君(源氏の君)は、さすがに遠ざかってしまった人(玉鬘の姫君)のことを、
今はっきりと実感なさるのであった。@1939年 中支大観 旧日本軍印 検索: 支那 風景 中華民国 蒋介石 閻錫山 南京事件 国民党 生写真帖 古建築 総督府 汪精衛 軍事地図 大上海。なるほどいかにも不可解な御戯れ心というものではある。庭訓往來 大田南畝序。
鴨(かり)の卵がまことにたくさんあるのをごらんになって、柑子(こうじ)や橘(たちばな)の
実などのような趣向で飾り、何げないふうにしておさしあげになる。@1943年 元人墨蹟 検索: 唐本 漢籍 支那 玉扣 善本 線装 木版刷 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 柯羅版 石印 拓本 古印式 朱印 碑帖。
お手紙は、あまり人目については、などとお気づかいになり、そっけなくあっさりと、
(源氏の君)「あなた(玉鬘の姫君)とお逢いしないうちに月日も重なってしまいましたが、
こんなことは心外ななさりようとおうらみ・・・・《申したところで、あなた(玉鬘の姫君)の
ご一存でもあるまいとうかがっておりますので、何か格別の機会でもなければ、
お目にかかることもできないのかと残念に存じております。1923年 初拓鄭文公碑 書道法帖 墓誌 唐本漢籍 検:支那 印譜 法書金石篆刻 印存 呉昌碩 原拓本 張瑞図 董其昌 黄庭堅 趙子昴 珂羅版 玻璃版。」
など、いかにも親ぶった口ぶりでお書きになっておられる。今歌六帖題詠集六輯 撰者/琴通舎大人・春友亭梅秀 一立齋廣重画 文久三。》
備考・髭黒大将の北の方(大将の正室)は、紫の上の異母姉
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。栄花遊二代男 全五巻 浮世草子 八文字屋自笑作 一筆斎文調画。
《The Cypress Pillar(真木柱)》
"The yamabuki wears the hue of silence,
So sudden was the parting at Ide road.
"I still can see her there."
He seemed to know for the first time―how strange!
―that she had left him.
Someone having brought in a quantity of duck's eggs,
he arranged them to look like oranges and sent them off to her with
a casual note which it would not have embarrassed him to mislay.
"Through the dull days and months I go on thinking
resentfully of your strange behavior.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
《真木柱》
“不迷山路,将井手遮?口不,心恋棣棠花。東海北海西海南海増補日本汐路之記。
‘玉在目不能忘’也。公裁密寳録 天 六三箇条。”然而些吟咏无人听。@1937年 時局情報 検索:支那 中華民国 軍閥 蒋介石 閻錫山 馮玉祥 孫文 国民党 生写真 古建築 総督府 汪精衛 地図禁書 何應欽 程潜 顧祝同。
如此看来,玉鬘去之事,他到此刻方才信,
此心理甚奇怪。佛和辭書 中村秀穂纂譯 惣郷正明舊藏本。他看里有多蛋,
便把它当作柑子或橘子,找个当的借口,派人送与玉鬘。1926年 翁同 書道法帖 検索:翁方網 支那 印譜 法書金石篆刻 印存 王鐸 呉昌碩 原拓本 張瑞図 董其昌 黄庭堅 趙子昴 珂羅版 玻璃版 米元章。
附信一封,深恐人看,不宜写得太,
但直率地写道:“一以来,日月徒增。條約改正 時事切要 ボール表紙 泥堂久之助編述。
中国訳文の出典:『源氏物語(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
左の写真が「源氏物語」真木柱の巻の末尾(原本番号40-B)の押印。1915年 絵図四書読本 廣益書局 検索:中華民国 新文学 唐本漢籍 新文化 白話文学 話本 国学 排印 新青年 線装本 新潮月刊 革命軍 支那 絵本。
写真左下の角印が仙台藩の家紋印(竹に雀)
家紋印の上の2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)。印文学 黙鳳道人 古本 検: 呉昌碩 遊印 印譜 書道 印存 封泥 篆刻 金石鼓文 篆字 雅号印 支那 朱印 斉白石 張大千 黄易 雅印 趙之謙 鄧石如。冬姫は内大臣・通誠の養女。元禄三年より十五年切支丹宗門改文書 桐箱入。
冬姫は通称。@1935年 支那 事変 中央公論 検索: 中華民国 軍閥 蒋介石 閻錫山 馮玉祥 孫文 国民党 生写真 古建築 総督府 汪精衛 孔祥熙 宋子文 何應欽。正式な名は伊達貞子。@1944年 京都古建築 初版 限定3500部 検索:生写真 支那 唐土 唐風 長安 寺院 寺廟 勾欄 佛殿 観音堂 唐門 彫刻 木造 彫物 装飾 牡丹 鐘鼓楼。
右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。醫事古言 華山先生校 文化二年刋。
表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。@1934年 古地図 支那 中華民国 満洲 台湾 朝鮮 樺太 占領地 関東州 租界 軍閥 蒋介石 閻錫山 馮玉祥 国民党 生写真 古建築 総督府 汪精衛。)
(出品した自筆の「断層画像写真」(真木柱の巻)MRI 31―36A
「源氏物語」真木柱の巻の絵の資料
下記写真は、髭黒大将の北の方(正室)が大将の香炉の灰を浴びせる画面の絵
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。@書画名器古今評傳 梅之巻 検: 書画 木版刷 多色套印 印譜 花押 落款 骨董品 瓷器 唐土 唐本 漢籍 支那 筒子頁 玉扣 白棉紙 木刻本 筒子頁。
「年光東流水」(年光東流の水)漢文の篆書印が押捺されている。1939年 魯迅創作選集 日本刊 中国語 筆名 周作人 漢文 革命家 詩人 小説 散文 支那 阿Q正傳 孔乙己 薬 故郷 狂人日記 版画 印譜 挿絵 絵本。言葉の意味は、「時間の流れは東へと流れる川の水のように止まることなく流れてゆく」です。麥林集後篇 上巻 五々齋素道序 寳暦九年冬序。白楽天の有名な漢詩です。1894年 張子祥 胡公寿 画譜 海派 検索:清朝 木版刷 套色印刷 支那 唐本漢籍 善本 木刻 印譜 巾廂本 朱墨本 武英殿 聚珍板 古籍 唐画 線装本。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。繪本手引草 柳下亭種員著 一立齋廣重画。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。故事大辞典 上中下3巻 明治34年(G375)。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。@1888年 千家詩注 木刻本 検索: 唐本 漢籍 善本 写刻 官本 筒子頁 白棉紙 光緒年 絵本 套印 武英殿本 聚珍板 木版刷 印譜 絵図 支那 古籍。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。キリスト教美術図典 送料無料。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。傾城腹之巻 後編上中下巻 江戸/鼻山人著(東里山人) 菱川政信画。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。@孫過庭書譜真蹟 玻璃版 検:碑帖 本拓本 墨拓 原拓 碑刻 法帖 魏碑 珂羅版 支那 書道 善本 篆刻 旧拓片 印譜 唐本 漢籍 王羲之 趙子昴 書聖。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。王蓬心山水画冊 玻璃版 検索: 唐本 漢籍 支那 書画 漢詩 善本 線装本 中華民国 古籍 咸豊 三希堂 柯羅版 唐伯虎 董其昌 内府 董香光 文衡山。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。変わった古い墨の古書 1点 0711P12h。撮影後、展示のために再表装をしております。點取俳諧帖 七世/一圓堂記 文政一〇年。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。1921年 印譜 検:金石 篆刻 石印 印存 拓本 印影 印社 朱印 雅印 遊印 雅号印 書画印 落款 在銘 官印 私印 印学 印文 印泥 印材 鼎印石 篆印。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。1898年 軍隊学術 検索:軍服 勲章 軍帽 剣術 剣道 村田連発銃 武器 歩兵卒 軍力 武鑑 武官 馬術 徽章 軍旗 陸軍 衛兵 哨兵 歩哨 憲兵 行軍刀。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。加賀屋道中記 芝翫栗毛 下巻(上巻欠) 中村芝翫作。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。1925年 満洲写真帖 旅順刊 検索:支那美人 生写真 古建築 妓女妓生 全景圖 帝国 関東軍 総督府 張作霖 寺廟 奉天新京 租借地 租界 洋行 憲兵。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。@1930年 繍像続小五義全傅 検索: 唐本 漢籍 善本 写刻 官本 筒子頁 白棉紙 巾廂本 満州 套印 武英殿本 聚珍板 仕女図 木刻 印譜 絵本 唐画。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。江戸町々 江戸町名記 江戸日本橋より以西の町名を記した書。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。京都御警衛御行列并御供御役之名面御人数之写 忍/今津写 文久三年。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。@清朝 木版刻本 明徳堂 検索: 支那 唐本 漢籍 善本 写刻 官本 筒子頁 白棉紙 巾廂本 紅印本 套印 武英殿 聚珍版 宣紙 木刻 絵本 綉像 印譜。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。1935年 清丈執照 地契 地券 印花税票 中華民国 朱印 官印 肉筆 真筆 親筆 古文書 支那 中国 孔版 油印 木版刷 瓦版 宣紙 毛紙 楮紙 白棉紙。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。@1810年 君印補遺 印譜 検:支那 金石篆刻 石印存 王鐸 王羲之 呉昌碩 拓本 斉白石 張瑞図 董其昌 黄庭堅 趙子昴 書道 張即之 孫過庭 米元章。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。@許友 梁聞山 古詩冊 孤本 日本所蔵 検:支那 手稿 法書簡 唐本 漢籍 草書 書道 書法 拓片 碑刻 法帖 碑帖 珂羅版 篆刻石 旧拓本 印譜 古籍。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。新板繪入 唐土真話 巻之五(大尾) 来義庵南峯著。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。大乗妙典 細字寫本 永井醒叟寫。母は後水尾天皇皇女女二宮。1936年 剣相秘傅 検索:武道 武士道 尚武具 装身具 剣道 剣術 武術 兵器 武器 兵法 兵書 傅書 甲冑 弓箭 弓道 殺人剣 活人剣 支那 戦陣 殺陣。実母は近衛家女房(瑤林院)。茶餘客話 清朝 阮葵生 漢文古籍 上海進歩書局 検索: 支那 善本 唐本漢籍 紅印譜 套色 套印 木版刷 木刻 石印 竹紙 宣紙 白棉紙 玉扣 筒子頁。幼名は多治丸。松平豊前守書状 民部少輔宛。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。中古 本 昭和口譯 昭和口訳 源氏物語 長柄忠子 著 玉文社 文学博士 和田萬吉 監修 昭和4年 15版発行。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。町人嚢五巻 底拂二巻 全七巻 西川如見。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。新板 印圖 二巻 胎蔵界/不動十四根本・十八道/金剛界 寛文九年十月吉日刋 初刻初印本。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。鶴の毛衣(太平秘覧) 十巻合本 諸岡重弘寫。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。1925年 杜契 地券 賣地契約 中華民国 朱印 私印 捺印 手書 肉筆 真筆 親筆 古文書 支那 中国 孔版 油印 木版刷 瓦版 宣紙 毛紙 楮紙 白棉紙。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
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不昧公 公卿 肉筆 保障 保証 真筆 真筆 親筆 古筆 本物保証 本物保障 室町 掛軸 掛け軸 自筆 天皇 茶道具 宗鑑 良寛 伝来 歌仙 極め 極札 極め札 鑑定